夕方のにほい

 

11月になったら、町の街路樹の葉もすっかりなくなって、

吹き抜ける冷たい風が裸の木の間を難なくすり抜けてくる。

太陽が沈もうとしている時間帯では、気温もぐんぐんと下がり

体感温度では、冷たい風の影響もあり一気に寒くなるようだ。

通勤帰りの人々もコートの襟を立てながら足早に去っていく。

マフラーをぐるぐる巻きにした女性も、それでもスカートの下は

素足に近いストッキングだけでハイヒールの踵を歩道に叩き、

足早に通り過ぎていく。木枯らしが吹く街角など急ぎ足で帰ら

ないと凍ってしまいそうだからだろうか？何人かに追いぬかれて

歩みが遅いのは、帰っても温かい団欒や部屋がないから？

もう、疲れ果てて歩くのもやっとの貧乏四畳半。今日もまた

求食活動でさんざん歩きまわり、疲れ果てていた。

両手には今日の収穫をぶら下げている状態では、早足も

できないでいた。バス停のバス待ち客の行列を重たい脚で

ズルズルと通り過ぎる。行列でただ黙って立っていても

寒いのか？そのままの位置で足踏みのような動きをしている。

太陽が沈み夕暮れの空と街路灯が点灯しても明るくはない。

これから暗くなると暗示しているような気分になる。

貧乏四畳半への帰り道には、少し高い橋の上を通り過ぎる。

吹きさらしの橋の上では、ことさら寒い風が吹いていた。

自然とカラダが縮こまるような寒さに耐えながら歩くしかないのだ

この橋の上からは、夕日が美しい。オレンジ色に輝いていた日も

オレンジ色の雲だけになり、ソレが徐々になくなって反対の空から

暗闇が迫ってきている。あっという間に暗闇の奈落の底へ落ちて

いくような錯覚に陥るほど夕闇に包まれてしまった。

寒さはより一層鋭さを増し、露出した肌を刺すよに吹き荒れている。

両手の荷物が指に食い込み、手の甲に刺すような寒さで手指の

感覚もなくなるほどだ。寒さと疲れとに闘いながら橋の上を通り

過ぎていくと、あたりは街路灯の明かりが眩しくなるほどの暗さに

なってしまっていた。それぞれの家のマドからオレンジ色の光が

溢れてくるようになってしまっていた。まるで団欒の笑い声が

何層にも聞こえてくるほどに温かいものをその光には感じる。

両手の荷物は、食料品なので地面に下ろすことはためらわれる。

それよりも寒くてもいい温かい団欒がなくてもいい貧乏四畳半に

早くたどり着きたくても疲れは、全身に広がっていた。

今日は隣の県まで遠征して歩いたので、もはや棒の状態になった

足を引きずるようにして歩くことしかできないでいた。しかし、

その一歩、一歩が着実に雨風だけはしのげる貧乏四畳半に

近づいていく。ふとカレーの香りが漂う・・・おおおおおっ！

今夜の夕食は、カレーライスの家族がいるようだ。

急激にカレーが食べたくなってきた。今日の求食活動の中で

カップラーメンのカレー味は、あったのだろうか？いや記憶によると

なかったような・・・貧乏四畳半の在庫の中にもなかったはずだ。

じゃがいもと人参は何個かあったよな？昨年にカレールーを

買っていたかもしれない。これは探してみる価値はあるかも・・

いや、それよりもカレールーのレトルトがあったはずだ。鍋で

温めてうどんにぶっかけるというｊ手もある。まてよ・・・うどん玉は

ないから買いに行かないといけない。うああああ～っ！近所の

うどん玉は18円なのだ。10円のうどん玉は、川向こうの岸を

迂回していかなければならぬ。この疲れ果てた状態では、

とても買いに行く元気はないだろう(T_T)

重い足をひきづりながら、両手の荷物が重いので前かがみになり

その反動で足を動かすという動作を繰り返していた。夕闇が迫る

寒い街角で一歩また一歩と貧乏四畳半に近づいていた。

今度は何やら煮込みの匂いがしてきた。肉じゃがだろうか？

ひじきの煮物だろうか？醤油を煮詰める香りは、なんとも温かい。

甘辛い味が胃に優しく広がっていくようだ。

もうすでに街の色は、醤油色になってしまっている。

徐々に貧乏四畳半の町に入ってきた。1日しかたってないのに

それでも懐かしさがこみ上げてくる。それだけ疲れているのか？

おおおおおっ！焼き魚の匂いじゃああああ～！

香ばしい魚が焼ける香りは、空腹を刺激する。秋刀魚か？

アジの開きか？カマスなのか？想像を張り巡らせるような香りの

中でも歩みを止めることはない。もうすでに貧乏四畳半は、

そこまできているのだった。あと少し、あとすこしの根性で

貧乏四畳半にたどり着いたのだった。倒れこむように玄関から

入り込み懐かしくもほっとする四畳半に荷物を置き、その横に

横たわってしまった。うむむむ・・・・疲れた・・・

寒いのと飢えとで歩き疲れが倍増していた。う、動けない・・・・

いろいろと買ってきたがナニもしたくない。しかし空腹は待って

くれないのだ。金持ちになったらやると決めていたアレしかない。

たまごかけごはんっ！それに納豆をぶっかけるのじゃあああああ～！

 

 

 

おおおおおっ！

疲れ果てているのに空腹だけは耐えられないようだ

んまいっ！

 

数々の香りを嗅いできたが、この香りは貧乏四畳半の外には

どんな香りとなって漂っているのか？夕方のにほいは、ここだけ

異次元の世界なのだろうかあ？、

それは誰にもわからないだろう・・・・・・・・・・・

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タグ：帰宅 通勤